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岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)220号 判決

原告 米田英一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 宇山謙一

被告 岡山市

右代表者市長 岡崎平夫

右訴訟代理人弁護士 笠原房夫

主文

一、被告は原告米田英一に対し、一〇〇万円、原告米田敏に対し、九〇万円およびこれらに対する昭和四二年五月一三日より支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四、主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外亡米田正志(死亡当時五才)が昭和四一年八月一〇日午後零時五五分頃、被告の設置、管理する本件プールで水泳中死亡したことは当事者間に争がない。

二、右事実と≪証拠省略≫を綜合すれば、右本件事故当時、被告の被傭者たる監視員平井道雄は、本件プール第一コース北西角よりの監視台から、その周辺のプールで遊泳中の入場者の動向を監視する業務についていたが、かかる場合、同プールは幼児の入場をも認めていたのであるから、単独で遊泳できない幼児が、いついかなる事由でプールで溺れるかもしれない危険があることに思いをいたし、もしこれら幼児に少しでも危険が生じる虞がある場合には、早急にその危険から幼児を救出するよう注意すべき義務があったのに、これを怠り、同人の斜左前の本件プール北西角附近で訴外正志が水中に没した状態でいるのに気付かず、遊泳中の他の者の通報を受けて、あわててプールに飛び込み、同訴外人を抱き上げて水から出し、プール管理人三木美文と交互に人工呼吸を行ったが及ばず、同訴外人を死にいたらせた事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

もっとも前顕各証拠によれば、訴外正志は、本件プールに入場するにあたって、近所の中学二年生の中島晴朗および小学校三年生のその弟に連れられていたことを認めることができるが、かかる事実の存在することによって、監視員平井道雄の前記注意義務に消長を及ぼすべきいわれがないことは条理上明らかである。

そして、被告が監視員平井道雄の選任および本件プール事業の監督につき相当の注意をしたとの抗弁事実は全立証をもってしても、いまだこれを認めることができない。

そうしてみると、被告はその営むプール事業の執行につき、被傭者たる監視員の犯した過失にもとづく損害の賠償を使用者としてしなければならないと言うべきである。

三、損害額

(逸失利益)

訴外正志は死亡当時満五才であり、厚生省第一〇回生命表によれば満五才の男子の平均余命は六二・四五年であるところ、≪証拠省略≫によれば、右訴外人は一八才から六〇才まで四二年間就労しうべく、その間男子の平均賃金月額三万二、一〇〇円、(総理府統計局編第一六回日本統計年鑑)生活費等その他の必要経費はその二分の一とみて、結局月額一万六、〇五〇円の収益をあげることができた筈であるから、その総額を算出すると、八〇八万九、二〇〇円となるが、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除した三一二万九、九八一円が本件事故当時における訴外人の被告に対して請求しうべき逸失利益損害額であると言うべきであり、原告らと右訴外人との間の身分関係については当事者間に争がなく、原告主張の相続関係の事実は被告の明らかに争わないところであるから、右訴外人の損害賠償債権は、その二分の一づつを原告らにおいて相続したことになる。

(原告米田英一の財産的損害)

≪証拠省略≫によれば、原告米田英一は訴外正志の死亡により、その頃葬式費用、法要費、仏檀位牌一式購入に一〇万八、三九二円の出捐をした事実および葬式、法要のため勤務先の有限会社東洋運送店を一四日間休み、その間の日当合計四万二、〇〇〇円を得ることができなかった事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(原告らの精神的損害)

≪証拠省略≫によれば、原告らはいずれも訴外正志の将来に期待をよせていたこと、およびその期待は原告らの長男が非行にはしっているためより一層強かったこと、原告らには二男の訴外人のほか長男、長女、三男があることが認められ、この事実とさきに認定した本件事故の状況を考慮すると原告らの精神的苦痛を慰藉するに金銭をもってするとすれば、各五〇万円をもって相当とする。

よって、損害額は右原告米田英一につき、以上合計二二一万五、三八三円、原告米田敏について、以上合計二〇六万四、九九一円となるが、≪証拠省略≫によれば、訴外正志の母である原告米田敏は訴外人が独りでは泳げないのに、本件事故の数日前にも保護能力の十分でない前記中島晴朗兄弟とともに本件プールへ泳ぎに行くことを訴外人に許しており、幸にもその際にはことなきを得たのであるが、そのため本件事故当日、訴外人が原告らの不在中に右中島兄弟とともに再び本件プールに赴き本件水死事故に遭遇したものであることを認めることができ、右事実によれば原告らには親権者としての監護義務を十分に尽していない過失があるというべく、本件事故が発生するについては右原告らの過失にもその一因があると認められるから、本件原告らの請求しうべき損害額を定むるにあたって、この点を斟酌すれば、原告米田英一につき一〇〇万円、同米田敏につき九〇万円が相当である。

四、よってその余について判断するまでもなく、原告らの被告に対する請求のうち、原告米田英一については一〇〇万円、同米田敏については九〇万円およびこれらに対する本件事故発生後であり、かつ、原告米田英一の各出捐後であることの明らかな昭和四二年五月一三日から右支払済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用については民訴法九二条、八九条、九三条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 裾分一立 裁判官 東条敬 佐々木一彦)

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